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STORY — HIGASHIHIROSHIMA / HAKUSAN

白山城 — 平賀氏城館、三城の一つ

白山城は、1503年に平賀弘保が御薗宇城から本拠を移して築いた城です。のちに頭崎城が築かれ、父の弘保(大内方)と子の興貞(尼子方)が対立しました。県史跡「平賀氏の遺跡」の一つです。

白山城は、どんな城?

所在地広島県東広島市高屋町白市
城主平賀氏(築城・平賀弘保
築城1503年(文亀3年
指定広島県史跡「平賀氏の遺跡」の一つ
遺構標高314m、比高約130m。最高所の曲輪は3段で帯郭が巡り、北西と南の尾根に中小の曲輪が並ぶ。白市の街と交通の要地を見下ろす。山頂は竹藪に覆われている。
アクセス城の西側から登れる(城郭放浪記)。白市駅から直線約1.3km。

ピンの位置は、おおよその位置です。現地へ行かれる際は「地図アプリで開く」もご利用ください。地図は © OpenStreetMap contributors。

白山城の歴史を、年表で

  1. 1503年(文亀3年)平賀弘保が御薗宇城から本拠を移して築城。(県史跡 平賀氏の遺跡 - 東広島市、Wikipedia「白山城 (安芸国)」、安芸 白山城 - 城郭放浪記)
  2. 1505年(永正2年)城下に弘保が光政寺を建立。(Wikipedia「白山城 (安芸国)」)
  3. 1523年以降頭崎城が築かれ、白山城の弘保は大内方、頭崎城の興貞は尼子方と父子が対立。(Wikipedia「白山城 (安芸国)」、安芸 白山城 - 城郭放浪記)
  4. 1535〜1536年父子の戦い(天文4・5年)。(安芸 白山城 - 城郭放浪記)
資料によって説が分かれる点
築城の理由:御薗宇城の防備への不安(Wikipedia)/籠城が難しくなったため(城郭放浪記)。
1535年の戦い:既存データは『弘保が頭崎城を攻めた』と記す。城郭放浪記は天文4年・5年の戦いとのみ記し、攻め手は明記されない。

白山城の物語

Q. なぜ平賀氏は本拠を移したのか?

御薗宇城の防備に不安があったため(Wikipedia)。城郭放浪記は、籠城が難しくなり領地の中心に近い白山へ移ったとする。(Wikipedia「白山城 (安芸国)」、安芸 白山城 - 城郭放浪記)

Q. 白市という町とのつながりは?

東広島市は、平賀氏が後に『白市』と呼ばれる原初的な城下町をつくったとする。江戸時代には交通の要衝として栄えた。(東広島市の歴史文化の特性と関連文化財群(第4章)、Wikipedia「白山城 (安芸国)」)

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よくある質問

  • Q1.白山城はどこにありますか?

    東広島市高屋町白市にあります。広島県史跡「平賀氏の遺跡」の一つです。

  • Q2.なぜ平賀氏は本拠を移したのか?

    御薗宇城の防備に不安があったため(Wikipedia)。城郭放浪記は、籠城が難しくなり領地の中心に近い白山へ移ったとする。

  • Q3.白市という町とのつながりは?

    東広島市は、平賀氏が後に『白市』と呼ばれる原初的な城下町をつくったとする。江戸時代には交通の要衝として栄えた。

出典

年号・人名は上記の出典に基づきます。史実と伝承は分けて書き、伝承は「伝わる」「とされる」と表記しています。資料によって説が分かれる点は、その旨を併記しています。