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STORY — HATSUKAICHI / OOKURA

狼倉山城 — この場所は譲れない

狼倉山城は、1554年の折敷畑の戦いのあと、毛利方が向城として築き、進藤豊後に守らせたと『芸藩通志』にある城です。

狼倉山城は、どんな城?

所在地広島県廿日市市永原
城主進藤豊後(『芸藩通志』による毛利方の守将
築城1554年、折敷畑の戦いの後に毛利方が向城として築いたとされる
遺構西尾根・支尾根・東尾根に堀切(東は三重堀切)、竪堀、堀切に挟まれた曲輪。
アクセス峠空山への登山道が西麓にあり、そこから登る。最寄り駅は直線で地御前駅7.2km。

ピンの位置は、おおよその位置です。現地へ行かれる際は「地図アプリで開く」もご利用ください。地図は © OpenStreetMap contributors。

狼倉山城の歴史を、年表で

  1. 1554年(天文23年)6月折敷畑の戦いの後、毛利方が狼山に向城として築き、進藤豊後に守らせたと『芸藩通志』にある。対する大内方は高森城に武田刑部少輔を置いたと伝わる。(安芸 狼倉山城 - 城郭放浪記、Wikipedia「厳島の戦い」)
資料によって説が分かれる点
標高:峠空山西峰618.9m/基本情報欄では610m(比高310m)

狼倉山城の物語

Q. 1555年の戦いでの役割は?

毛利方の城として築かれたとされるが、厳島の戦い当日の具体的な役割は出典で確認できなかった。(安芸 狼倉山城 - 城郭放浪記)

Q. 高森城との関係は?

友田高森要害は1554年10月25日に落ちたとされ、陶方の山里での抵抗拠点だった。(Wikipedia「厳島の戦い」)

狼倉山城の御城印

御城印は、トップページの「御城印」からお求めいただけます。各600円(税込)、折り鶴再生紙を使っています。

よくある質問

  • Q1.狼倉山城はどこにありますか?

    廿日市市永原にあります。

  • Q2.1555年の戦いでの役割は?

    毛利方の城として築かれたとされるが、厳島の戦い当日の具体的な役割は出典で確認できなかった。

  • Q3.高森城との関係は?

    友田高森要害は1554年10月25日に落ちたとされ、陶方の山里での抵抗拠点だった。

出典

年号・人名は上記の出典に基づきます。史実と伝承は分けて書き、伝承は「伝わる」「とされる」と表記しています。資料によって説が分かれる点は、その旨を併記しています。