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STORY — HATSUKAICHI / KATSUNARI

勝成山城 — 大寧寺より厳島まで

勝成山城は、陶弾正勝成の居城と伝わる山城です。1555年の厳島の戦いのあと、毛利家臣が城番に置かれたと『萩藩閥閲録』にあるといいます。

勝成山城は、どんな城?

所在地広島県廿日市市津田(上勝成山
城主陶弾正勝成の居城と伝わる(詳細不明)。厳島の戦い後は毛利家臣が城番との記録(萩藩閥閲録
遺構土塁、郭、堀切。主郭は南北約90m。山頂に無線中継施設があり、一部は破壊されている。
アクセス県道293号沿いの「勝成山憩いの森」入口から林道で山頂へ。

ピンの位置は、おおよその位置です。現地へ行かれる際は「地図アプリで開く」もご利用ください。地図は © OpenStreetMap contributors。

勝成山城の歴史を、年表で

  1. 1554〜1555年伝承毛利元就が山里へ進出し、陶方と戦いが続く。陶晴賢が山里の黒滝に在陣したとの記録があるが、噂の可能性があるとされる。(勝成山城 広島県廿日市市津田 - 小花と春の古城巡り)
  2. 1555年10月1日以後厳島の戦いの後、毛利家臣が城番に置かれたと『萩藩閥閲録』にあるという。(勝成山城 広島県廿日市市津田 - 小花と春の古城巡り)
資料によって説が分かれる点
比高:364m/約400m
別名:上勝成山城(城郭放浪記)/勝山城・黒滝三角山城(小花と春)
城主:陶勝成の居城と伝わる/特定の城主名は挙げていない

勝成山城の物語

Q. 陶晴賢がここに陣取った?

伝承記録はあるが、筆者自身が噂かもしれないとする。確定できない。(勝成山城 広島県廿日市市津田 - 小花と春の古城巡り)

Q. 陶弾正勝成とは?

伝承城主と伝わる人物。歴史の詳細は不明。(安芸 勝成山城 - 城郭放浪記)

勝成山城の御城印

御城印は、トップページの「御城印」からお求めいただけます。各600円(税込)、折り鶴再生紙を使っています。

よくある質問

  • Q1.勝成山城はどこにありますか?

    廿日市市津田にあります。

  • Q2.陶晴賢がここに陣取った?

    記録はあるが、筆者自身が噂かもしれないとする。確定できない。

  • Q3.陶弾正勝成とは?

    城主と伝わる人物。歴史の詳細は不明。

出典

年号・人名は上記の出典に基づきます。史実と伝承は分けて書き、伝承は「伝わる」「とされる」と表記しています。資料によって説が分かれる点は、その旨を併記しています。